「宿題は終わったの?」
「明日の準備はできている?」
「そんなことをしていたら、将来困るよ」
子どものためを思って言っているのに、なぜか同じことを何度も言ってしまう。
学校のこと、友達のこと、勉強のこと、将来のこと。
子どもが何も言わないと、何か隠しているのではないかと心配になる。自分で決めると言われても、本当に大丈夫なのか気になってしまう。
そして、つい口を出してしまう。
子どもから「もう放っておいて」と言われると、今度は悲しくなる。
「あなたのためを思って言っているのに」
そんな気持ちになることもあるでしょう。
けれども、ここで少し違う角度から考えてみたいことがあります。
子どもに干渉しすぎてしまう親の中には、子どもの失敗や将来を心配するだけでなく、子どもを自分の思いどおりに守れないことへの不安を抱えている人もいます。
もちろん、すべての過干渉が親の不安から生じるわけではありません。子どもの年齢や健康状態、実際に起きている問題などによって、親の関わりが必要な場合もあります。
しかし、子どもが自分でできることまで先回りし、何度も確認し、思いどおりに行動しないと落ち着かなくなるとしたら、そこには親自身の気持ちが関係している可能性があります。
家系心理学では、こうした親子の関わり方を、親自身が育った家庭や、さらに前の世代から受け継いできた価値観という視点でも考えていきます。
子どもを変えようとする前に、親の心の中で何が起きているのか。
そこに目を向けることで、これまでとは違う親子関係が見えてくるかもしれません。
親が子どもに干渉する理由は、一つではありません。
子どもに失敗してほしくない。傷ついてほしくない。将来、苦労してほしくない。
そうした気持ちは、親であれば自然に抱くことがあります。
しかし、子どものことを心配する気持ちが強くなりすぎると、本人が経験する前に親が答えを出し、失敗しそうなことを先回りして取り除こうとする場合があります。
ここで考えたいのは、親が何をしているのかという行動だけではありません。
なぜ、その行動をせずにはいられないのかということです。
例えば、子どものテストの点数が悪かったとします。
「勉強しなさい」と何度も言う親がいるでしょう。
その言葉の奥には、子どもの将来を心配する気持ちがあるかもしれません。
しかし、さらに自分の気持ちを見つめると、「このままでは進学できないのではないか」「社会に出て苦労するのではないか」という不安があるかもしれません。
あるいは、「ちゃんと育てられていない親だと思われたくない」という思いが関係している場合もあります。
つまり、表面に現れているのは子どもへの指示でも、その背景には親自身の不安が隠れていることがあるのです。
子どもへの干渉が強くなるとき、その背景にはどのような不安があるのでしょうか。
ここでは、親子関係を振り返る際に考えたい五つの心理を紹介します。
子どもが何か新しいことに挑戦しようとすると、すぐに心配になる。
「それはやめておいた方がいい」
「失敗したらどうするの?」
「もっと安全な方法があるでしょう」
そんな言葉が出てくることがあります。
子どもが失敗しないように、親が先回りして準備し、困りそうなことを取り除いてしまう。
もちろん、危険なことから子どもを守るのは親の大切な役割です。
しかし、年齢に応じて自分で取り組めることまで親が引き受けていると、子どもが試行錯誤する機会は少なくなってしまいます。
親自身が、失敗すると強く叱られる家庭で育っていた場合、失敗そのものに強い不安を感じることもあるでしょう。
子どもを心配しているように見えて、実は親自身が、失敗することを怖れている場合もあるのです。
「自分と同じ苦労をさせたくない」
そう思う親もいるでしょう。
例えば、親自身が子どもの頃、お金のことで苦労した経験があるとします。
欲しいものを我慢し、進学や仕事の選択でも苦労してきた。
だからこそ、子どもには安定した仕事に就いてほしい。収入に困らない人生を送ってほしい。
その思いから、進学先や就職先に強く口を出してしまうことがあります。
子どもが別の道を選ぼうとすると、「そんな仕事では生活できない」「もっと安定したところにしなさい」と反対してしまう。
しかし、ここには親と子どもの人生の違いがあります。
親が経験した苦労と、これから子どもが経験する人生は、必ずしも同じではありません。
子どもを守りたい気持ちは大切ですが、親が経験した過去を、そのまま子どもの未来に重ねていないかを考える必要があります。
子どもの成績が悪い。学校に行きたがらない。挨拶をしない。思うように行動しない。
そんなとき、子ども自身のことよりも、周囲の目が気になってしまう場合があります。
「親の育て方が悪いと思われるのではないか」
「ちゃんとした家庭ではないと思われたくない」
「どうしてうちの子だけ、こんなことになるのだろう」
こうした不安が強くなると、子どもの行動が親自身の評価と結びついてしまうことがあります。
子どもが失敗すると、自分まで失敗したように感じる。
子どもが褒められると、自分も認められたように感じる。
その結果、子どもの選択を尊重するよりも、周囲からどう見られるかを優先してしまう場合があります。
けれども、子どもの成績や行動だけで、親の価値が決まるわけではありません。
子どもには子どもの人生があり、親には親の人生があります。
子どもが成長すると、親に相談せずに物事を決めるようになります。
友達との時間が増え、親よりも友達の意見を大切にすることもあるでしょう。
進学や就職によって、家を離れる場合もあります。
本来、それは成長の過程の一つです。
しかし、子どもとの関係が生活の中心になっている親にとっては、寂しさや不安を感じる出来事になることがあります。
以前は何でも相談してくれていたのに、最近は話してくれない。
何か困っていることはないかと聞いても、「大丈夫」としか言わない。
すると、親はさらに子どものことを知ろうとします。
「今日は誰と会っていたの?」
「どうして連絡しなかったの?」
「何を考えているのか教えて」
そうした質問が増えることで、かえって子どもが距離を取る場合もあります。
ここで考えたいのは、子どもが自立することと、親子の愛情がなくなることは別だということです。
親から離れていくことは、必ずしも親を嫌いになったという意味ではありません。
子どもが自分で決めようとすると、落ち着かなくなる。
親の考える正しい道を選んでくれないと、不安になる。
何度説明しても意見を変えない子どもに、つい強く言ってしまう。
そんな場合には、子どもの安全だけではなく、物事を自分で把握し、管理できないことへの不安が関係している可能性があります。
親自身が、予測できないことや、思いどおりに進まないことを苦手としている場合もあるでしょう。
しかし、子どもは親の人生を代わりに生きる存在ではありません。
親が考える幸せと、子ども本人が望む幸せが違うこともあります。
その違いを受け止めることは、親にとって簡単ではないかもしれません。
だからこそ、子どもの選択に口を出したくなったときには、「何が心配なのか」を自分自身に問いかけてみることが大切です。
子どもを心配することと、過干渉になることは同じではありません。
子どもが危険なことをしようとしているときには、親が止める必要があります。健康や安全に関わる問題では、大人が適切に判断しなければならない場合もあるでしょう。
一方で、子どもが自分で考え、選択できることまで親が決めてしまうと、本人が経験する機会は少なくなっていきます。
例えば、子どもが友達と意見をぶつけたとき。
親がすぐに相手の親へ連絡し、問題を解決してしまう場合もあるでしょう。
もちろん、いじめや暴力など安全に関わる問題なら、大人の介入が必要です。
しかし、日常的な意見の違いであれば、まず子ども自身がどう感じ、どうしたいのかを聞くこともできます。
大切なのは、親が何もしないことではありません。
子どもが自分で考えられる部分は尊重し、助けが必要な部分では支えることです。
心理学では、子どもの気持ちや考えを尊重しながら選択を支える関わり方を「自律性支援」として研究しています。
2010年に発表された心理学研究の理論的レビューでも、子どもの考えや感情に過度に介入し、罪悪感などを利用して行動を変えようとする「心理的コントロール」と、自律性を支える関わり方の違いが論じられています。
例えば、「親の言うことを聞かないなら、もう知らない」と伝えることと、「心配している理由はあるけれど、あなたはどう考えているの?」と尋ねることでは、子どもへの関わり方が異なります。
親としての責任を果たしながら、子どもの意思も尊重する。
その両方を考える必要があります。
親自身の不安と、子どもへの過保護な関わり方には、研究でも関連が報告されています。
2021年に『Journal of Affective Disorders』に掲載された研究レビューでは、母親の不安と過保護の関係を調べた13件の研究が分析されました。
その結果、母親の不安と過保護との間には、小さいものから中程度の関連があることが示されました。
ただし、この研究は母親を中心に調べたものであり、すべての親に同じことが当てはまるわけではありません。また、親の不安が必ず過保護を引き起こすと証明したものでもありません。
それでも、考える手がかりになります。
親が不安を感じたとき、子どもの行動を細かく確認したり、先回りしたりすることで、一時的に安心する場合があります。
例えば、子どもが翌日の準備をしているか心配になったとき、親が全部確認すると、その場では安心できます。
けれども、翌日になると、また心配になる。
そして、同じように確認してしまう。
このように、親の不安を落ち着かせるための行動が、習慣として続くことも考えられます。
ただ、子どもが自分でできることを親がいつも引き受けていると、自分で経験する機会は少なくなります。
親の安心と、子どもの成長は、必ずしも同じ方向を向いているとは限らないのです。
ここで、家系の視点から考えてみましょう。
例えば、母親が子どもの進学や就職に強く干渉しているとします。
「そんな学校では将来困る」
「もっと安定した仕事を選びなさい」
「あなたのためを思って言っているのよ」
母親自身は、子どもを心配しているつもりです。
しかし、その母親は子どもの頃、どのような家庭で育ってきたのでしょうか。
祖母が、いつも生活の心配をしていたかもしれません。
「お金がなくなったら大変」
「安定した仕事に就かなければ苦労する」
そんな言葉を繰り返し聞いていた可能性があります。
さらに曾祖母の時代には、実際に生活が苦しく、家族が生きていくために安定を重視せざるを得なかったのかもしれません。
すると、三世代で表面に現れている行動は違っていても、「将来、生活に困ることへの不安」という共通点が見つかる場合があります。
曾祖母は生活を守るために必死だった。
祖母は安定した人生を大切にしていた。
母親は、子どもが失敗しないように細かく口を出している。
これは家族の価値観がどのように受け継がれる可能性があるかを説明するための仮の例です。
実際の家系が必ずこのようになっているわけではありません。
しかし、家系心理学では、家族の中で繰り返される価値観や役割を「家系の脚本」という視点から捉えます。
親が子どもを心配する背景に、親自身が受け取ってきた不安や価値観が関係している可能性があるのです。
もちろん、過去の家庭環境だけで今の行動を説明することはできません。
それでも、自分の親がどのような人生を送り、何を怖れ、何を大切にしていたのかを考えることは、今の自分の行動を見直す一つの手がかりになります。
子どもへの干渉を減らしたいと思っても、長年続けてきた関わり方を急に変えることは簡単ではありません。
まずは、日常の中で少しずつ取り組んでみてください。
子どもに何か言いたくなったとき、すぐに伝える前に自分の気持ちを確認してみます。
「本当に危険なことが起きているのだろうか」
「それとも、子どもが失敗することを自分が不安に感じているのだろうか」
この違いを考えるだけでも、今の状況を落ち着いて見るきっかけになります。
子どもが進学先を決めるとき、親は将来を心配するかもしれません。
でも、親が不安を感じていることと、その進路が本当に間違っていることは別です。
何を心配しているのかを具体的に伝えたうえで、子どもがどのように考えているのかを聞いてみてください。
「こうしなさい」と伝える代わりに、「あなたはどうしたいと思っているの?」と聞いてみます。
子どもがすぐに答えられなくても、急いで結論を出す必要はありません。
自分で考える時間を持つことも、成長の一つです。
自分が子どもの頃、親はどのようなことを心配していたでしょうか。
失敗すること。お金に困ること。人から悪く思われること。家族が離れていくこと。
今の自分が心配していることと、似た部分はないでしょうか。
母親や父親から聞いてきた言葉が、今も判断の基準になっている場合があります。
ただし、似たところがあっても、原因だと決めつける必要はありません。
子どものことが気になりすぎるとき、自分自身の生活が後回しになっていないかも考えてみてください。
自分が楽しみにしていることはあるでしょうか。
誰かと話したり、好きなことをしたり、自分自身の時間を持てているでしょうか。
子どもが成長するにつれて、親子関係の形は変わっていきます。
子どもの人生を大切にすることと、親が自分の人生を大切にすることは、両立できます。
子どもが学校へ行きたがらない。進路が決まらない。親の話を聞いてくれない。
そうしたことが起きると、自分の育て方が間違っていたのではないかと考える人もいるでしょう。
特に、子どものために一生懸命頑張ってきた親ほど、思うようにいかない現実を受け止めることが難しい場合があります。
けれども、子どもには子どもの性格や事情があり、家庭以外のさまざまな環境からも影響を受けています。
例えば、不登校の背景には、人間関係や学習環境、心身の状態など多様な要因が関わります。親の過干渉だけが原因だと決めつけることはできません。
大切なのは、親の努力が足りなかったと責めることでも、子どもを思いどおりに変えることでもありません。
今、子どもが何を感じているのか。
どんなことに困っているのか。
何を助けてほしいと思っているのか。
そのことを知ろうとする姿勢です。
必要に応じて、学校や心理職、医療機関などの力を借りることもできます。
子どもを信じることは、すべてを放任することではありません。
困ったときには支えながら、本人が自分で選択できる部分を尊重していくことです。
愛情が強いことと、過干渉になることは同じではありません。子どものためを思う気持ちに加え、親自身の不安、家庭で身につけた価値観、子どもの状況などが関係する場合があります。
過度な親の介入と、子どもの不安や心理的な負担との間には、研究でも関連が報告されています。ただし、すべての子どもに同じ影響が現れるわけではなく、性格や周囲の支援などによっても異なります。
心配して意見を伝えること自体が問題とは限りません。ただし、本人の意思を無視して進路や仕事、結婚などを決めようとする場合には、関わり方を見直す必要があります。成人した子どもには、自分の人生を選ぶ権利があります。
親の養育行動が次の世代の子育てと関連することを示した研究はあります。しかし、必ず同じ関わり方が繰り返されるわけではありません。家系を振り返ることは、自分がどんな価値観を受け取ってきたのかを考える手がかりになります。
まず、口を出したくなったときに「今、自分は何を心配しているのか」と確認してみてください。そのうえで、子どもの安全に必要なことと、本人に任せられることを分け、小さな選択から尊重していく方法があります。
子どもに幸せになってほしい。
苦労してほしくない。
傷ついてほしくない。
そう願うこと自体は、自然なことです。
しかし、どれほど大切に思っていても、子どもの人生からすべての失敗や困難を取り除くことはできません。
親が考える幸せと、子ども自身が望む幸せが違うこともあります。
親は安定した仕事を選んでほしいと思っているのに、子どもは違う道を歩みたいと思っている。
親は早く結婚してほしいと思っているのに、子どもは一人で生きることを望んでいる。
そんなとき、親は不安になるかもしれません。
けれども、その不安をなくすために、子どもの人生を親が決めてしまうとしたら、親子の間には別の問題が生まれます。
家系を振り返ると、親自身もまた、自分の親から「失敗してはいけない」「人に迷惑をかけてはいけない」と言われて育ってきた可能性があります。
その言葉は、親なりの愛情だったのかもしれません。
しかし、親から受け取った価値観を、すべて次の世代に渡す必要はありません。
親が怖れていたことを、子どもまで同じように怖れる必要もありません。
子どもが自分で考え、自分で選択し、ときには失敗しながら成長していく。
その姿を見守ることも、親としてできる大切な関わり方です。
もちろん、何も心配しなくなる必要はありません。
心配なときには心配だと伝えていい。必要なときには助けてもいい。
ただ、子どもの問題をすべて自分の問題として背負う必要はないのです。
もし子どもに何か言いたくなったら、一度だけ自分に問いかけてみてください。
「今、子どものために口を出そうとしているのだろうか。それとも、自分の不安をなくしたくて口を出そうとしているのだろうか」
答えは、いつも一つとは限りません。
両方の気持ちがあることもあるでしょう。
それでも、その違いに気づければ、今までとは違う関わり方を考えることができます。
家系の脚本に気づくということは、親から受け継いだ価値観をすべて否定することではありません。
受け継いだものの中から、これからの自分と子どもにとって大切なものを選び直していくことです。
子どもを愛することと、子どもを思いどおりにすることは違います。
子どもの人生は子どものもの。
そして、親の人生もまた、親自身のものです。
その違いを大切にできたとき、親子の関係も少しずつ変わっていくのかもしれません。
子どものことが心配で仕方がない。口を出したくないのに、つい干渉してしまう。
自分の親とは違う子育てをしようと思っていたのに、気づけば同じような言葉を子どもに伝えている。
そうした繰り返しには、今の自分だけを見ていても気づきにくい、家族や家系の中で身につけた価値観や役割が関係しているかもしれません。
家系心理学では、世代を超えて繰り返される無意識の人生パターンを「家系の脚本」という視点から読み解いていきます。
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自分がこれまで何を受け継ぎ、これから何を大切にして生きたいのか。
そのことを考えるきっかけにしてみてください。