「転職しようと思っているんだけど」
娘がそう話した瞬間、母親は思わず言ってしまいました。
「今の会社を辞めるなんて、もったいない。次がうまくいかなかったらどうするの?」
娘は、まだ転職を決めたわけではありません。ただ、自分の考えを聞いてほしかっただけでした。
それなのに、母親は転職の危険性について話し始めます。
娘は途中から何も言わなくなり、「もういい」と話を終わらせてしまいました。
その日の夜、母親は自分の言い方が気になっていました。
本当は娘の話を聞きたかった。応援したい気持ちもあった。
それでも、失敗するかもしれないと考えた途端、不安が先に出てしまったのです。
そこで、ふと自分の母親のことを思い出しました。
祖母は、何か新しいことを始めようとすると、いつも「堅実に生きなさい」と言う人でした。
若い頃、生活が苦しく、仕事やお金のことで大変な思いをしたと聞いています。
祖母にとって、失敗しないことは生活を守るために必要だったのかもしれません。
その娘である母親は、失敗を避けるため、子どもの進路や仕事について先回りして助言するようになった。
そして孫は、何かを決めようとすると「本当にこの選択でよいのだろうか」と不安になり、なかなか決断できなくなっている。
三人とも、違う人生を歩んでいます。
しかし、そこには「失敗することへの不安」という共通したテーマがあるのかもしれません。
これは世代間連鎖を説明するための架空の例です。実際にこうした因果関係があると断定するものではありません。
世代間連鎖とは、ある世代で見られた心理的な傾向、行動、人間関係のあり方などが、次の世代にも関連して現れる現象を指します。
大切なのは、親と子が必ず同じ行動を取るわけではないということです。
祖母は失敗を怖れて挑戦を控えた。
母親は失敗を防ぐために先回りした。
娘は失敗を怖れて決断できなくなった。
表面に現れる行動は違っていても、その背景に似た不安が存在する可能性があります。
家族の歴史を振り返るときには、こうした違いにも目を向ける必要があります。
世代間連鎖は、英語で「Intergenerational Transmission」などと表現されます。
心理学では、親から子へ、さらにその次の世代へと、養育行動、愛着、人間関係の特徴などがどのように関連して現れるのかが研究されています。
例えば、子どもの頃に親から温かく接してもらった人が、大人になって自分の子どもにも温かく接する傾向があるかどうか。
反対に、厳しい養育を受けた人が、自分の子どもにも同じような関わり方をする傾向があるかどうか。
こうしたことが研究の対象になります。
ただし、世代間連鎖という言葉は、心理学の中ですべての現象を一括りに説明する単一の理論名ではありません。
研究では、何が世代を超えて関連しているのかを具体的に区別します。
例えば、親子の愛着に関する研究と、養育行動の世代間の関連を調べる研究では、扱っている対象が異なります。
そして、世代間連鎖を理解するうえで重要なのは、世代間に関連があることと、親が子どもの行動の原因であると証明されたことは同じではないという点です。
人の行動には、本人の経験、気質、周囲の環境、社会的な条件など、さまざまなものが関係しています。
親の影響を受けることはあっても、親だけによって人生が決まるわけではないのです。
家族の歴史を調べるとき、多くの人は似た出来事を探そうとします。
祖父母も離婚していた。
両親も離婚している。
自分も結婚生活で悩んでいる。
こうした出来事が続いていると、何かが受け継がれているように感じるかもしれません。
しかし、離婚という出来事だけでは、その背景にある関係のあり方まではわかりません。
そこで、出来事を比較するだけでなく、それぞれの世代が同じような状況にどう対応していたのかを見ていきます。
冒頭の例を表にすると、次のようになります。
| 世代 | 背景として考えられる不安 | 表面に現れる行動 |
|---|---|---|
| 祖父母世代 | 生活が不安定になること | 失敗を避け、堅実な道を選ぶ |
| 親世代 | 子どもに失敗してほしくない | 進路や仕事について先回りする |
| 子世代 | 自分の選択が間違っているかもしれない | 決断する前に何度も確認する |
この三人には、同じ出来事が起きているわけではありません。
祖母は自分の生活について慎重になった。
母親は子どもの生活について慎重になった。
そして娘は、自分の選択そのものに不安を感じている。
注目したいのは、行動の形が変化していることです。
もちろん、娘が決断を苦手としている理由は、母親の育て方だけでは説明できません。
もともと慎重な性格なのかもしれませんし、仕事で失敗した経験が影響しているかもしれません。
家族の共通点は、原因を決定する証拠ではなく、考えるための一つの手がかりです。

世代間連鎖は、必ずしも親子が同じことをする形で現れるわけではありません。
ここでは、日常の中で考えられる具体例を紹介します。
祖父は、つらいことがあっても弱音を吐かない人だった。
「男が泣くものではない」と、よく言っていた。
その息子である父親は、怒ることはあっても、悲しさや不安を言葉にすることが苦手だった。
そして孫は、大人になってから、自分が何を感じているのかを説明することが難しいと感じている。
三人とも同じように感情を表現していたとは限りません。
しかし、その家庭では、悲しさや不安を人に伝える機会が少なかった可能性があります。
感情を言葉にすることは、生まれつき得意な人ばかりではありません。
周囲の大人が感情をどのように扱っているかを見ながら、子どもが学ぶ部分もあります。
ただし、感情表現が苦手な理由には、気質やこれまでの経験なども関係します。
家族の中に似た傾向があるからといって、必ず世代間連鎖が原因だとは限りません。
祖母は、何かを選ぶときに「間違えないこと」を大切にしていた。
母親は、子どもが失敗しないように、進路や予定について細かく助言していた。
そして子どもは、大人になってから、自分で決めることに強い不安を感じるようになった。
このように、祖母と母親と子どもでは、同じ不安が違う形で現れていると考えられる場合があります。
祖母は失敗を避ける。
母親は失敗を防ごうとする。
子どもは失敗の可能性を何度も確認する。
ここで必要なのは、誰が間違っていたのかを決めることではありません。
それぞれが、何を怖れ、どのような状況で行動していたのかを考えることです。
ある家族では、困ったことがあっても、家族だけで解決することが当然だったとします。
祖父母は、家の中のことを他人に話さなかった。
両親も、悩みがあっても相談することを避けていた。
そして子どもは、大人になってから、誰かに助けを求めることを苦手としている。
この場合、家族の中で「困ったときに人に頼る」という経験そのものが少なかった可能性があります。
しかし、それは一人で生きる力が強いことと、必ずしも同じではありません。
必要なときに助けを求められることも、生活していくうえでは大切な力です。
家族がどのように他者と関わり、どのような場面で支援を利用していたのかを振り返ることで、今の自分の行動を理解する手がかりになることがあります。
世代間連鎖というと、否定的なものばかりを想像する人もいるでしょう。
しかし、世代を超えて受け継がれるのは、苦しさだけではありません。
祖父母は、近所で困っている人がいれば、できる範囲で助けていた。
両親も、友人や親族が困ったときには、話を聞いたり手を貸したりしていた。
そして子どもも、人が困っていることに気づき、自然に声をかけることができる。
そんな家族もあるでしょう。
もちろん、助け合う行動がそのまま遺伝しているという話ではありません。
子どもの頃から見てきた人との関わり方が、その人の行動を学ぶ機会になっていた可能性があります。
世代間連鎖を見るときには、何が苦しみとして繰り返されているかだけでなく、何が家族の強さとして受け継がれてきたのかにも目を向けることが大切です。
世代間に似た傾向が見られる理由は、一つではありません。
ここでは代表的な経路を整理します。
子どもは、親から直接教えられたことだけでなく、親が実際にどう行動しているかも見ています。
困ったときに相談する姿。
失敗したときに謝る姿。
意見が違う人と話し合う姿。
そうした日常の経験が、行動を学ぶ機会になります。
これは心理学でいう観察学習などの考え方と関係します。
親子は、同じ家庭環境や生活条件を共有することがあります。
例えば、経済的に不安定な環境では、親も子どもも生活への心配を経験するかもしれません。
家庭の中に緊張が多い場合、家族の誰もが相手の反応に敏感になることも考えられます。
ここでは、親から子へ心理が直接伝達されたというよりも、似た環境を経験したことが関係している可能性があります。
さらに、仕事、住居、教育などの社会的・経済的な条件も影響します。
親子には遺伝的な共通点もあります。
気質などには遺伝的要因が関係する場合があるため、親子の行動の類似性を、家庭内の学習だけで説明することはできません。
ただし、「祖父母の不安がそのまま遺伝する」「先祖のトラウマが特定の症状として子孫に現れる」といった説明には慎重である必要があります。
特に、人間の世代間トラウマをエピジェネティクスだけで説明することについては、まだ明らかでない部分が多くあります。
心理学で世代間の関連が確認されることと、その伝達経路がすべて解明されていることは別なのです。
世代間連鎖については、研究対象を具体的に絞った学術研究が行われています。
2025年に『Psychological Bulletin』で発表されたメタ分析では、三世代を長期間追跡した24のデータセット、計51本の論文が分析されました。
その結果、親から受けた養育行動と、その人が後に自分の子どもに行う養育行動との間には、統計的に有意な関連が確認されました。
ただし、その平均的な関連の強さは、相関係数で約0.12と小さいものでした。
これは「親の育て方が、子どもの将来の子育てを強く決定する」という結果ではありません。
むしろ、世代間に関連が存在しても、その程度は家庭や条件によって異なることを示しています。
また、2016年に発表された愛着の世代間伝達に関するメタ分析では、95サンプル、4,819人のデータを対象として、親の愛着に関する状態と子どもの愛着との間に関連が確認されました。
しかし、愛着の世代間の関連と、養育行動の世代間の関連は、同じ現象を測定したものではありません。
それぞれの研究が何を調べているのかを区別することが重要です。
このような研究は、家庭での経験が次の世代に影響する可能性を理解する手がかりになります。
一方で、家族の中に見つけた共通点が、必ず親から子へ伝わったものだと証明するわけではありません。
家系心理学で用いる「家系の脚本」という考え方も、家族の中で繰り返される価値観や関係性を捉えるための独自の説明枠組みです。これらの研究によって理論全体が実証されたという意味ではありません。
世代間連鎖が気になるとき、いきなり家族の過去を詳しく調べようとする必要はありません。
まず、現在の自分が繰り返しやすい反応を一つ選んでみてください。
例えば、「何かを決めるときに、必要以上に不安になる」という反応です。
そして、次の四つを整理します。
どんな場面で、その反応が起きるのか。
転職、引っ越し、買い物、人間関係など、具体的な場面を書き出します。
そのとき、何を心配しているのか。
失敗することなのか、人に反対されることなのか、あとから後悔することなのか。
心の中で浮かぶ言葉を、できるだけ具体的に書いてみます。
親や祖父母は、似た状況にどう対応していたのか。
自分と同じように迷っていたかもしれません。
反対に、すぐに結論を出す人だったかもしれません。
わからなければ、そのまま不明としておきます。
今の自分は、どのような対応を選びたいのか。
慎重さは残しながら、小さな決断を自分でしてみる。
周囲の意見を聞いたうえで、最終的には自分の希望を大切にする。
そんな選択も考えられます。
ここで大切なのは、親と同じだったかどうかを判定することではありません。
自分がどのような場面で、どのような反応をしやすいのかを知ることです。
家族の歴史についても調べたい場合には、関連記事の「家系図の作り方とは?初心者でもわかる3世代の家系図と調べ方」を参考にしてください。
家系図に家族の役割や出来事を書き加える方法については、「家系図からわかること7選」でも解説しています。
「親から受けた影響が今の自分に残っているとしたら、もう変えられないのでしょうか」
そんな疑問を持つ人もいるでしょう。
しかし、世代間に関連があるからといって、今後の行動が決まるわけではありません。
大人になってから新しい経験をし、これまでとは違う関わり方を学ぶこともできます。
例えば、困ったときに誰かに相談する経験。
自分の意見を伝えても、相手との関係が壊れない経験。
間違えたときに謝り、関係を修復する経験。
そうした経験を重ねることは、今までの考え方や行動を見直すきっかけになります。
米国CDC(疾病対策センター)も、子どもの逆境体験を予防・軽減するための保護要因として、安全で安定した人間関係、周囲からの社会的な支援、信頼できる大人の存在などを挙げています。
家族の過去に困難があったとしても、現在の環境や支援が重要だということです。
ただし、深いトラウマや家庭内での暴力などがある場合には、自分一人で過去を整理しようとせず、適切な専門家や相談機関の支援を受けることが大切です。

世代間連鎖を理解しようとすると、家族の中にある共通点ばかりが気になることがあります。
しかし、似ていない部分にも目を向けてみてください。
祖母は新しいことに挑戦するのが苦手だったけれど、母親は自分で仕事を始めた。
父親は感情を言葉にすることが苦手だったけれど、自分は友人に相談することができる。
両親は困ったときに家族だけで解決しようとしていたけれど、自分は専門家の助けを借りることができる。
このような違いがあるかもしれません。
親子三代を比較するとき、似ていることだけを探せば、何かしらの共通点は見つかるかもしれません。
しかし、それだけでは家族の歴史を十分に理解したことにはなりません。
どこが似ていて、どこが違うのか。
何が続いていて、何が変わってきたのか。
その両方を見て初めて、家族の中にある多様な生き方が見えてきます。
世代間連鎖とは、すべてが同じように繰り返されることではないのです。
親から子、さらにその次の世代へと、養育行動や人間関係の特徴などが関連して現れることです。ただし、すべての行動が同じように受け継がれるわけではなく、本人の経験や環境なども影響します。
親から受けた養育行動と、自分が子どもに行う養育行動に類似性が見られることなどが、研究上の具体例です。また、家族の中で似た価値観や対応が見つかる場合もありますが、共通点だけで伝達の原因は特定できません。
同じではありません。世代間連鎖には、家庭での学習や共通する生活環境、遺伝的な要因などが関係する場合があります。特定の行動がそのまま遺伝すると考えることはできません。
決まった世代数はありません。研究では親子二世代や、祖父母・親・子の三世代を調べるものがありますが、あるパターンが必ず何世代も続くという法則があるわけではありません。
いいえ。厳しい養育や心理的な問題だけでなく、温かい養育や支援的な関わり方など、肯定的な特徴にも世代間の関連が見られます。
家族の構造や出来事、役割などを整理する手がかりにはなります。ただし、家系図だけで心理的な問題の原因を特定することはできません。本人の経験や現在の生活環境も考える必要があります。
家族の中で受け継がれてきたものは、目に見えるものばかりではありません。
家や土地、財産のように、形として残るものもあります。
一方で、人との接し方や、物事を判断するときの考え方などは、形として残りにくいものです。
それでも、子どもの頃に何度も見てきた光景や、繰り返し聞いてきた言葉が、大人になってからの行動に関係することがあります。
祖父母がどのような時代を生きてきたのか。
両親が何を大切にし、どんなことに不安を感じていたのか。
そうしたことを知ると、今まで自分の性格だと思っていたものを、違う視点から見るようになるかもしれません。
しかし、家族の過去を理解することと、その過去によって自分の人生が決まることは違います。
祖母が失敗を怖れていたからといって、自分も挑戦を避け続ける必要はありません。
父親が感情を表現することを苦手としていたからといって、自分まで同じように生きる必要はありません。
反対に、家族から受け継いだ慎重さや責任感、思いやりが、今の自分を支えている場合もあるでしょう。
世代間連鎖を知ることは、過去から受け継いだものをすべて否定することではありません。
受け取ってきたものの中に、今の自分にも必要なものがあるかどうかを見つめ直すことです。
家族が大切にしてきたものを、これからも大切にする。
そして、今の自分には合わなくなっている考え方があるなら、別の選択をしてみる。
その両方ができます。
受け継いだものは、自分の人生に影響しているかもしれません。しかし、受け継いだものすべてを、そのまま次の世代へ渡す必要はないのです。
親子三代の歴史を振り返ることは、過去に戻ることではありません。
これまでの家族がどんな状況を生き、どんな選択をしてきたのかを知りながら、これからの自分がどう生きるかを考えることでもあります。
そして、家族の歴史の中には、苦しみの繰り返しだけでなく、すでに変わり始めているものもあるのかもしれません。
人間関係、夫婦関係、親子関係、お金や仕事の悩み。
自分なりに努力していても、なぜか似たような問題を繰り返してしまうことがあります。
そこには、個人の性格だけでは説明しきれない、家族や家系の中で身につけた価値観や関わり方が関係している場合があります。
家系心理学では、こうした家族の歴史や関係性を「家系の脚本」という視点から読み解いていきます。
家系心理学の基本的な考え方については、「家系心理学®・家系療法®について」でも紹介しています。
さらに、繰り返す人生パターンについて考えるための特別動画をご用意しています。
「繰り返す人生パターンの正体がわかる特別動画(ワーク付き)」
以下から登録していただくと、無料でご覧いただけます。
自分がこれまで何を受け取り、これから何を大切にして生きていきたいのか。
そのことを考える一つのきっかけとしてご活用ください。
1.養育行動の世代間の関連について
Geeraerts, S. B., Spitzer, J., Schulz, S., Capaldi, D. M., Kerr, D. C. R., & Branje, S. (2025). Intergenerational Stability in Parenting Across Two Generations: A Multilevel Meta-Analytic Review. Psychological Bulletin, 151(9), 1170–1195.
https://doi.org/10.1037/bul0000494
2.親子の愛着の世代間伝達について
Verhage, M. L., et al. (2016). Narrowing the Transmission Gap: A Synthesis of Three Decades of Research on Intergenerational Transmission of Attachment. Psychological Bulletin, 142(4), 337–366.
https://doi.org/10.1037/bul0000038
3.子どもの逆境体験と保護要因について
Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Risk and Protective Factors: Adverse Childhood Experiences.
https://www.cdc.gov/aces/risk-factors/index.html
※参考研究は特定の養育行動や愛着に関する世代間の関連を検討したものです。すべての心理的問題が家系から生じることや、家系心理学独自の「家系の脚本」の有効性が直接証明されたという意味ではありません。