また母親から電話がかかってきた。
画面に名前が表示された瞬間、何となく嫌な予感がする。
電話に出ると、やはり父親への不満だった。以前にも聞いた話を、母親は何度も繰り返している。
最初は黙って聞いていたけれど、次第に疲れてくる。
「それなら、お父さんに直接言えばいいじゃない」
そう伝えても、母親は「言ったって無駄だから」と答える。
結局、何も解決しないまま一時間が過ぎた。
電話を切ったあと、どっと疲れが押し寄せてくる。
母親のことは大切に思っている。できることなら助けたい。
でも、いつまで自分が両親の問題を引き受けなければならないのだろう。
そんな思いを抱きながら、ふと自分の子どもを見る。
子どもは、親の様子を気にするように、少し離れたところからこちらを見ている。
その姿を見たとき、気づくことがあるかもしれません。
かつて自分も、両親の顔色をうかがっていたことに。
「このままでは、自分の子どもまで同じ思いをするのではないだろうか」
「家族の中で続いてきた問題を、自分の代で終わらせたい」
そんな気持ちが生まれることがあります。
家族の負の連鎖を断ち切るとは、過去の家族を変えることでも、家族全員の問題を自分一人で解決することでもありません。これまで当たり前に引き受けてきた役割や関わり方を見直し、今の自分が選べる行動を変えていくことです。
ただし、家族に問題が続いているからといって、その原因が必ず家系にあるわけではありません。
そして、もっとも知ってほしいことがあります。
家族の負の連鎖を終わらせようとするあまり、今度は自分がすべてを背負う人になってしまうことがあるのです。
「負の連鎖」という言葉は、さまざまな場面で使われます。
親子関係がうまくいかない。家庭内の暴力や強い支配が繰り返される。お金の問題が何世代にもわたって続いている。親が子どもに過剰な責任を負わせ、その子どもも大人になって似た関係を築いている。
こうした問題が複数の世代に見られるとき、「家族の負の連鎖」と表現されることがあります。
ただし、これは特定の病気や診断名ではありません。
また、家族の中で似た出来事が起きているからといって、すべて同じ原因によるものとも限りません。
例えば、親子二代にわたって経済的な問題を抱えている場合、家庭で学んだお金の使い方が関係しているかもしれません。一方で、収入や雇用環境、介護負担、社会制度などの影響も考える必要があります。
同じように、親子関係の問題も、単純に親の育て方だけで説明することはできません。
それでも、世代を超えて繰り返されるものに目を向けることには意味があります。
それは、家族の中では当たり前とされていることが、外から見ると必ずしも当たり前ではないと気づけるからです。
例えば、「家族の問題を他人に話してはいけない」という考え方。
ある家庭では、それが家族を守るための大切な約束だったかもしれません。
しかし、その考えによって誰にも相談できず、問題が深刻になってしまう場合もあります。
また、「親の頼みは何があっても聞かなければならない」という考え方もあるでしょう。
親を大切にする気持ちは尊重されるべきものです。しかし、親の希望をすべて優先し、自分の生活を犠牲にすることまで求められているなら、その関係は一度見直す必要があるかもしれません。
こうした、家族の中で明文化されないまま続いてきた考え方や役割が、次の世代にも影響していることがあります。
家系心理学では、それらを「家系の脚本」という視点から読み解きます。
家族の中に問題があることに気づいた人は、何とかしようと動き始めることがあります。
父親と母親の関係を改善させたい。
兄弟姉妹が仲良くできるようにしたい。
親が抱えてきた苦しみを理解したい。
自分の子どもには、同じ思いをさせたくない。
そのために心理学を学び、家族関係についての本を読み、先祖や家系の歴史を調べる人もいるでしょう。
しかし、ある時点で行き詰まることがあります。
自分は変わろうとしているのに、親は以前と同じ言動を繰り返している。
家族の関係を良くしようと話をしても、兄弟姉妹は協力してくれない。
何とかしたいと思うほど、自分だけが疲れていく。
ここで、一つ考えてみたいのです。
「家族の問題を何とかしなければならない」という思いそのものが、子どもの頃から引き受けてきた役割ではないでしょうか。
例えば、幼い頃から両親の仲裁をしていた人は、大人になってからも家族の間に入ろうとすることがあります。
父親が怒れば母親の話を聞き、母親が悲しめば父親を説得する。
兄弟姉妹に問題があれば、今度は自分が調整役になる。
いつしか、家族がうまくいっていないと、自分まで落ち着かなくなる。
そんな人が「家族の負の連鎖を自分の代で終わらせよう」と決意したとします。
すると、さらに大きな責任を引き受けてしまう場合があります。
家族全員の問題を理解し、親の過去を癒やし、兄弟姉妹との関係を修復し、子どもに悪い影響を与えないようにする。
すべてを自分が何とかしようとするのです。
でも、それでは以前と何が違うのでしょうか。
家族のために頑張り続けるという役割は、まだ終わっていないのかもしれません。
家族を大切にすることと、家族全員の人生に責任を持つことは別です。
負の連鎖を断ち切るためには、まず自分が引き受けている責任の範囲を見直すことが必要な場合があります。
どの家庭にも、その家族なりの習慣があります。
食事の時間、休日の過ごし方、親族との付き合い方。
それらは特別に説明されなくても、家族の中では自然なこととして受け入れられています。
しかし、生活習慣だけでなく、人との関わり方にも暗黙のルールが存在することがあります。
例えば、ある家庭では「怒っている人には逆らわない」という習慣があるかもしれません。
別の家庭では「困っていても人に頼らない」ことが当然になっているかもしれません。
「年上の人の意見は絶対」
「家族のためなら自分の希望を諦める」
「問題が起きても、外には相談しない」
誰かが家族の決まりとして書いたわけではありません。
それでも、長い間、その考え方に従って暮らしていることがあります。
こうした暗黙のルールは、必ずしも悪いものばかりではありません。
家族を助け合うことや、約束を守ることなど、大切な習慣もあるでしょう。
問題になるのは、そのルールによって家族の誰かが苦しんでいても、変えてはいけないものだと思われている場合です。
例えば、親に反対意見を伝えることが許されない家庭では、子どもが大人になっても、自分の希望を伝えることに強い抵抗を感じるかもしれません。
家族の問題を外に話してはいけないという家庭では、助けを求めることそのものに罪悪感を持つ場合があります。
そうした考えが続いていると、環境が変わっても、同じような困難に直面することがあります。
家系の負の連鎖を見直すとは、先祖の歴史から似た出来事を探すことだけではありません。
自分の中に残っている、家族の暗黙のルールに気づくことでもあるのです。
親が経験した困難や、家庭内での関わり方が、次の世代に影響する可能性については心理学でも研究されています。
2026年3月に公表された、Mewらによるシステマティックレビューとメタ分析では、29件の研究、計約35万組の親子データを用いて、母親の子ども時代のトラウマ経験と子どものメンタルヘルスの間に、どのような家族内の要因が関係するのかが検討されました。
その結果、母親の精神的健康や社会的支援、親子関係などが重要な要因として挙げられています。
この研究は、母親が経験した過去の困難と子どもの心理的状態との関連を扱ったものであり、家系の中で起きるすべての問題を説明するものではありません。
また、関連が確認されたからといって、母親の経験によって子どもの将来が決まるわけでもありません。
ここで注目したいのは、家族の過去だけではなく、今の生活に存在する支援や関係性が重要であるという点です。
米国CDC(疾病対策センター)も、逆境的小児期体験の悪影響を予防・軽減するために、安全で安定した養育環境や、家族以外の信頼できる大人、社会的な支援などが大切だと説明しています。
つまり、家族の中に困難な歴史があったとしても、それだけで次の世代の人生が決まるわけではありません。
現在の環境や支援、関わり方によって、違う経験を積み重ねていくことが可能なのです。
家系心理学における「家系の脚本」は、こうした世代間の影響を考えるための独自の枠組みです。ただし、その理論全体が学術的に実証されたという意味ではありません。
研究で分かっていることと、家族の歴史を読み解くための解釈は、分けて考える必要があります。
家族の負の連鎖を終わらせたいと思う人が、最初につまずきやすいのが、親との関係です。
自分が家族の問題に気づいたのだから、親にも理解してほしい。
なぜ自分が苦しかったのか、分かってほしい。
親にも変わってほしい。
そう願うことがあります。
しかし、親が同じ考えを持つとは限りません。
「昔はみんなそうだった」
「そんなつもりで言ったんじゃない」
「いつまで昔のことを言っているの」
そんな言葉が返ってくることもあるでしょう。
そのとき、自分の気持ちを理解してもらうまで、何度も説明し続ける人がいます。
もちろん、話し合いによって関係が改善することもあります。
けれども、相手が話し合いに応じない場合や、こちらの気持ちを受け止められない場合もあります。
そこで覚えておきたいのは、親が自分の過去を認めなければ、自分の人生を変えられないわけではないということです。
親に理解してもらうことと、自分の行動を見直すことは、別の問題です。
母親から長時間の相談電話がかかってきたとき、これまでどおり最後まで聞くこともできます。
一方で、「今日は30分だけなら話せるよ」と伝えることもできます。
家族の集まりで、いつも自分がすべての準備を引き受けていたなら、今回は役割を分担することもできます。
親と距離を取ることが必要な人もいれば、関係を続けながら負担を減らせる人もいるでしょう。
大切なのは、親を変えるための行動ではなく、今の自分が必要としている関わり方を選ぶことです。
ここで、自分が何を背負っているのかを整理してみてください。
親が苦労してきたことを知ると、何とか幸せになってほしいと思うことがあります。
旅行に連れて行く。話を聞く。生活を助ける。
そうした行動には、親への愛情があるのでしょう。
しかし、どれだけ尽くしても、親自身が自分の人生をどう受け止めるのかまでは決められません。
親の幸せを願うことと、親を必ず幸せにしなければならないことは違います。
父親と母親、兄弟姉妹、親族同士。
家族の中に対立があると、誰かが間に入ろうとすることがあります。
しかし、二人の関係は、基本的にはその二人が向き合うものです。
当事者が望まないのに、第三者が関係を修復させることはできません。
協力できる部分と、自分には決められない部分を分ける必要があります。
「自分の子どもには、絶対に同じ思いをさせたくない」
そう願うことがあります。
しかし、親がどれほど努力しても、子どもが人生の中で一度も傷つかずに過ごすことはできません。
親として大切なのは、すべての失敗や困難を取り除くことではなく、子どもが安心して気持ちを伝えられる関係を築くことです。
間違えたら謝る。困ったら助けを求める。子どもが違う考えを持っていても、まず話を聞く。
そうした関わりを積み重ねることはできます。
親としての責任を放棄することと、完璧な親であろうとする重荷を手放すことは、同じではありません。
家族の歴史を詳しく調べることも、一つの方法です。
ただし、すべての家族の事情を理解してからでなければ、行動を変えられないわけではありません。
まずは、現在の生活の中で「いつも同じことになる場面」を一つだけ取り出してみてください。
例えば、親から頼まれごとをされると、どれほど忙しくても引き受けてしまう。
その場面について、次のように整理します。
起きていること
親から連絡があると、自分の予定を変更してでも対応している。
自分の中にある考え
「断ったら親不孝だと思われる」「自分が何とかしなければならない」
これから選んでみたい行動
「今日は対応できないから、週末に連絡するね」と伝える。あるいは、家族や外部サービスと役割を分担する。
こうして整理すると、今まで一つになっていたものが分かれてきます。
親を大切に思う気持ち。
頼みごとをすべて引き受けるという行動。
この二つは、同じではありません。
親を大切にしながら、断ることもできます。
家族を思いやりながら、専門家や公的な支援に相談することもできます。
最初は、今までとは違う行動に戸惑いを感じるかもしれません。
家族から理解されない場合もあるでしょう。
それでも、自分が変えられる範囲で新しい関わり方を選ぶことはできます。
ただし、暴力や強い支配がある関係では、境界線を伝えることで危険が高まる場合もあります。そのようなときは、一人で相手に立ち向かうのではなく、安全を優先して専門機関に相談する必要があります。
家族の負の連鎖について考えると、どうしても過去に目が向きます。
誰が問題を起こしたのか。どの世代から始まったのか。なぜ同じようなことが続いてきたのか。
しかし、過去をどれほど詳しく調べても、すべての答えが見つかるとは限りません。
むしろ、これからの家族について考えてみることも大切です。
例えば、これまでの家族では、困ったことがあっても外に相談してはいけないという考え方があったとします。
では、これからの家族ではどうするのでしょうか。
困ったときには、信頼できる人に相談してもいい。
家族の中で意見が違っても、自分の考えを伝えていい。
親でも間違えることがあるし、間違えたら謝っていい。
誰か一人が頑張り続けなくても、助け合う方法を考えていい。
そうした考え方を、日常の中で少しずつ実践することができます。
その姿を見た子どもは、困ったときの対応について、今までとは違う経験をするかもしれません。
子どもがいない人にとっても、同じことが言えます。
配偶者、友人、職場の人との関係の中で、これまでとは違う関わり方を選ぶことができます。
家族の負の連鎖を見直すことは、必ずしも子どもや孫のためだけではありません。
今を生きる自分が、これまでとは違う関係の中で生きていくことにも意味があるのです。
まず、今の生活で繰り返されている具体的な問題や、自分が引き受けている役割を整理することから始められます。親や祖父母に似た価値観がないか振り返ることも手がかりになりますが、無理に原因を見つける必要はありません。今の自分が変えられる行動と、変えられない他人の行動を分けることが大切です。
必ずしもそうではありません。関係を続けながら距離の取り方を変えたり、相談や役割の分担を見直したりすることもできます。一方、暴力や支配などによって安全が脅かされている場合には、距離を取ることが必要な場合もあります。
親の子ども時代の困難と、次の世代の心理的な状態に関連が見られる研究はあります。ただし、必ず同じ問題が生じるわけではありません。親自身への支援や、子どもが安心して過ごせる環境なども重要です。
同じ意味ではありません。一般に「家系の因縁」は宗教的・霊的な意味で使われることもありますが、心理学における世代間連鎖は、家庭内の経験や養育行動など、具体的に研究できる関係を扱います。先祖の霊的な因縁が子孫の不幸を決めるという科学的な根拠はありません。
家族の問題がすべてなくなったかどうかだけで判断する必要はありません。以前は断れなかった頼みごとについて、自分の意思を伝えられるようになった。困ったときに相談できるようになった。子どもに親自身の問題を背負わせないようになった。そうした具体的な行動の変化を確認することが、一つの目安になります。
家族の歴史を振り返ると、いろいろなことが見えてくるかもしれません。
祖父母の時代から続いていた問題。
両親が抱えていた苦しみ。
そして、気づけば自分も同じように背負っていた役割。
そのことに気づいたとき、「自分の代で終わらせたい」と思うのは自然なことです。
でも、その決意によって、さらに自分を苦しめる必要はありません。
家族全員を幸せにしなければならない。
親の苦しみをすべて理解しなければならない。
子どもには絶対に問題を起こさせてはいけない。
そう考え始めたとしたら、一度立ち止まってみてください。
もしかすると、それは「私が家族を何とかしなければならない」という、昔から慣れ親しんできた役割なのかもしれません。
家族の負の連鎖を断ち切るということは、家族のために自分が最後の犠牲者になることではありません。
親の人生を引き受けることでも、次の世代の未来をすべて保証することでもないのです。
自分がこれまで無意識に従ってきた考え方を見直し、必要であれば助けを求め、今の生活の中で別の選択をしていくこと。
それは、決して大きな出来事ばかりではありません。
疲れたときに休むこと。
家族の問題を一人で抱えないこと。
相手と意見が違っても、自分の考えを持つこと。
そして、子どもに対して、親の問題を解決する責任を負わせないこと。
そうした日常の小さな変化に意味があります。
ここで、考えてみてほしいことがあります。
「家族のために何をしなければならないか」ではなく、「これからの自分は、家族とどんな関係を築いていきたいのか」
この問いは、似ているようで違います。
前者は、これまで引き受けてきた役割の延長にあるかもしれません。
しかし後者は、自分の意思でこれからの関係を考える問いです。
先祖には先祖の人生があり、両親には両親の人生があります。
それぞれの時代に、守ろうとしてきたものもあったでしょう。
その中で、受け継いでよかったものも、今の自分には合わなくなったものもあるはずです。
すべてを否定する必要はありません。
ただ、これからも同じ形で引き受け続ける必要があるのかは、自分で考えることができます。
家族の負の連鎖を終わらせるとは、家族の歴史を消すことではなく、これまでの歴史だけでは決められない生き方を、自分の代から選んでいくことなのかもしれません。
そして何より、自分自身の人生もまた、大切にしていいのです。
親子関係、夫婦関係、人間関係、お金の問題。
自分なりに努力しているのに、気づけばまた同じ問題に悩んでいる。
その背景には、今の自分だけを見ていても気づきにくい、家族や家系の中で身につけた価値観や役割が関係している場合があります。
家系心理学では、こうした無意識の関係や行動のパターンを「家系の脚本」という視点から読み解いていきます。
今回、繰り返す人生パターンの背景を見つめ直すための特別動画をご用意しました。
「繰り返す人生パターンの正体がわかる特別動画(ワーク付き)」
プロフィールのLINEに登録していただくと、無料でご覧いただけます。
今まで当たり前だと思ってきた自分の生き方を、違う角度から見つめ直すきっかけとしてご活用ください。
※現在、家庭内で暴力や虐待など安全に関わる問題が起きている場合には、自己理解のための動画だけで対処しようとせず、公的な相談窓口や専門機関をご利用ください。
1.世代を超えたトラウマの影響と家族の支援について
Mew, E. J., et al. (2026). Family-Level Mediators in the Intergenerational Transmission of Maternal Childhood Trauma: Systematic Review and Meta-Analysis of Pooled Effect Measures. Child Maltreatment. Online ahead of print.
2.子どもの逆境体験と、それを和らげる保護要因について
Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Risk and Protective Factors: Adverse Childhood Experiences.
3.安全で安定した養育環境と社会的支援について
CDC. Essentials for Childhood Framework: Steps to Create Safe, Stable, Nurturing Relationships and Environments. (2025)
4.親子関係についての相談先
こども家庭庁「親子のための相談LINE」