「私は絶対に、母親みたいにはならない」
子どもの頃、そんなふうに思ったことはありませんか。
いつも家族のために我慢していた母。父親の機嫌を気にして、自分の言いたいことを飲み込んでいた母。自分の楽しみよりも家族のことを優先し、毎日忙しそうにしていた母。
その姿を見ながら、「私はもっと自由に生きたい」「結婚しても自分の人生を大切にしたい」と思っていた。
ところが、大人になって自分の生活を振り返ると、夫の機嫌を気にしている。家族の都合に合わせて予定を変更している。本当は嫌なのに、口から出てくる言葉は「大丈夫」。
あれほど母親のようにはなりたくないと思っていたのに、気づけば母とよく似た生き方をしている。
そんな自分に驚いたことがあるかもしれません。
母親のようになりたくないのに似てしまう理由の一つは、子どもの頃から見てきた家族の関わり方や役割が、自分でも気づかないうちに当たり前になっていることです。
人は、親と同じ人生を歩こうと思っていなくても、家庭の中で身につけた考え方や反応を、大人になってから繰り返すことがあります。
ただし、母親に似る理由を一つに決めることはできません。生まれ持った特性、育った環境、その後の経験など、さまざまな要素が関係しています。
家系心理学では、こうした家族の中で繰り返される価値観や役割を「家系の脚本」という視点から読み解いていきます。
子どもは、親から言葉で教えられたことだけを学んでいるわけではありません。
むしろ、毎日の生活の中で見てきたものから、多くのことを学んでいきます。
母親が父親に対してどのように接していたのか。意見が違ったとき、どうしていたのか。苦しいことがあったとき、誰かに相談していたのか。それとも、自分だけで抱え込んでいたのか。
そうした姿を何年も見ながら、夫婦とはどういうものなのか、家族とはどう関わるものなのかという感覚が形づくられていくことがあります。
例えば、父親が不機嫌になると、母親が黙る家庭で育ったとします。
母親はいつも父親の様子をうかがい、なるべく問題を起こさないようにしていた。
子どもだった自分は、その姿を見て「私は絶対にあんなふうにはならない」と思っていたかもしれません。
ところが結婚して、夫が不機嫌になったとき、なぜか自分も言葉を飲み込んでしまう。
頭では「自分の気持ちを伝えた方がいい」と分かっていても、相手の表情を見た瞬間に、黙るという反応を選んでしまうのです。
それは必ずしも母親をまねしようとしているからではありません。
長年見てきた人との関わり方が、自分の中にも身についている可能性があるのです。
心理学でも、子どもの頃の家族内コミュニケーションと、成人後の親密な関係におけるやりとりとの関連が研究されています。
2008年に発表された縦断研究では、14歳時の家族内での対立への対応と、約17年後の本人の夫婦関係におけるコミュニケーションとの間に関連が確認されました。
ただし、47人を対象とした研究であり、親と同じ人生を歩むことが決まっているという意味ではありません。
大切なのは、過去の経験が今の反応に影響している可能性を知ることです。
ここで、もう一つ考えてみたいことがあります。
母親と同じ人生を繰り返すというと、母と似た仕事や結婚生活、生き方を選ぶことを想像するかもしれません。
しかし、母親と正反対の生き方を選んでいても、母の影響を強く受けている場合があります。
例えば、母親が専業主婦で、いつも家族のために働いていたとします。
その姿を見て育った娘は、「私は絶対に経済的に自立する」と決め、仕事を頑張るようになった。
母親が父親に我慢していたから、自分は誰にも頼らずに生きようとする。
母親が結婚生活で苦労していたから、自分は結婚しないと決める。
母とは反対の人生を選んでいるように見えます。
もちろん、仕事に打ち込むことも、結婚しないことも、それ自体は何も問題ありません。
ただ、もし人生の大切な選択をするとき、いつも「母親のようにはならない」という思いが先にあるとしたら、少し違う見方ができます。
自分の人生を選んでいるつもりでも、その判断の中心には、まだ母親の人生があるのかもしれません。
母と同じことをする。母と反対のことをする。
一見すると正反対ですが、どちらも母親を基準にしているという点では共通しています。
母親と違う人生を生きることと、自分が本当に望む人生を生きることは、必ずしも同じではありません。
本当に仕事が好きだから働いているのか。それとも、母親のように経済的な自由を失いたくないから、休むことが怖いのか。
結婚しない生き方を心から望んでいるのか。それとも、母親のように苦しむことへの不安から、親密な関係を避けているのか。
もちろん、どちらか一つに分けられないこともあります。
ただ、こうした問いを持つことで、母親とは違うかどうかではなく、自分が何を望んでいるのかを考えられるようになります。
家系を調べるとき、多くの人は目に見える出来事に注目します。
祖母も母も離婚している。同じ年代で病気になっている。女性が苦労している。家族の中でお金の問題が繰り返されている。
確かに、こうした出来事が共通していると、家系には何かあるのではないかと感じるかもしれません。
しかし、家系心理学で注目したいのは、出来事だけではありません。
その出来事の中で、一人ひとりがどのような役割を担っていたのかということです。
例えば、祖母は専業主婦で、家族のために自分の希望を諦めていた。
母親は働いていたけれど、家事も子育ても一人で抱え込んでいた。
そして娘は、仕事で責任ある立場に就きながら、家庭でも周囲の世話をすることが当たり前になっている。
三人の生活は、表面的にはまったく違います。
しかし、そこには共通するものがあるかもしれません。
祖母も、母も、娘も、家族のために自分のことを後回しにしている。
困っても人に頼ることができず、自分が頑張らなければならないと思っている。
つまり、人生の出来事は違っていても、「家族を支える人」「我慢する人」という役割は似ているのです。
これは、三世代の女性に必ず同じ心理が受け継がれるという意味ではありません。
ただ、目に見える出来事だけを比べていると気づきにくい共通点が、役割に注目することで見えてくる場合があります。
母親と自分の生き方が似ていると感じたら、次のような役割がないか振り返ってみてください。
自分の希望があっても、家族の予定を優先する。嫌なことがあっても、家庭の空気が悪くなるくらいなら我慢する。
母親も同じようにしていた場合、その姿が夫婦や家族の当たり前として身についている可能性があります。
夫や子どもが不機嫌になると、自分に原因があるのではないかと考えてしまう。
誰かが怒っていると、何とか機嫌を直してもらおうとする。
母親が父親の顔色をうかがっていた家庭では、そうした振る舞いが身近だったかもしれません。
ただし、相手が威圧的な言動をとる場合、その責任は相手自身にあります。
困ったことがあっても人に相談せず、自分で何とかしようとする。
母親が家族のことをすべて引き受けていた場合、「家庭を支えるとはそういうことだ」という感覚が身につくことがあります。
「あなたはどうしたいの?」と聞かれると、答えに困ってしまう。
自分が何を望んでいるのかよりも、家族が何を求めているのかを先に考えてしまう。
長い間、人の希望に合わせてきたことで、自分の気持ちを確認する習慣が少なくなっている可能性があります。
誰かに助けを求めることに、なぜか抵抗がある。
仕事も家事も育児も、できる限り自分でやろうとする。
母親もいつも頑張っていたのなら、助けを求めることよりも、自分で何とかすることが当たり前になっていたのかもしれません。
ここで確認したいのは、これらの役割を担うこと自体が悪いわけではないということです。
問題になるのは、その役割しか選べなくなり、自分自身が苦しくなっている場合です。
では、母親と似た生き方に気づいたとき、何をすればよいのでしょうか。
過去の家族関係を無理に変えようとする必要はありません。
まずは、今の自分がどんな反応や選択を繰り返しているのかを知ることから始めます。
「私も母と同じだ」と漠然と考えるのではなく、具体的な場面を思い出してみてください。
例えば、夫に頼みたいことがあるのに言えなかった。家族から頼まれると断れなかった。自分の予定を後回しにした。
その場面で自分は何を考え、何を感じ、どんな行動を取ったのか。
具体的に書いてみることで、今まで当たり前だった反応に気づきやすくなります。
子どもの頃、母親からどんな言葉を聞いていたでしょうか。
「人に迷惑をかけてはいけない」
「女性は家庭を守らなければならない」
「我慢できない人は弱い」
こうした言葉が、今の自分の判断に影響していないか考えてみます。
同時に、母親の優しさや責任感など、受け継いでよかったと思うものも書き出してみてください。
母親から受け取ったものを、すべて否定する必要はありません。
自分だけを見るのではなく、母親や祖母がどんな人生を送ってきたのか振り返ってみます。
誰が家庭の問題を引き受けていたのか。夫婦で意見が違ったとき、どうしていたのか。女性が自分の希望を伝えることはできていたのか。
三世代を比較すると、家族の中で繰り返されている役割や価値観に気づくことがあります。
ただし、分からない部分を想像で埋めたり、似た出来事を無理に結びつけたりする必要はありません。
母親から受け取ったものの中には、これからも大切にしたいものがあるでしょう。
人への優しさ、責任感、家族を思いやる気持ち。
一方で、我慢しすぎることや、自分を後回しにすること、人に頼れないことは、少しずつ変えていきたいと思うかもしれません。
母親の生き方を肯定するか否定するか、二つに一つではありません。
受け継いだものの中から、これからの自分に必要なものを選び直すことができます。
いつも家族を優先していたなら、ときには自分の予定を優先してみる。
困っても一人で何とかしようとしていたなら、誰かに相談してみる。
嫌なことがあっても黙っていたなら、安全に話し合える相手には、自分の気持ちを伝えてみる。
大きな決断をする必要はありません。
小さな選択を重ねることで、今までとは違う関わり方を少しずつ身につけていくことができます。
母親と同じ人生を繰り返さないというのは、母親と正反対の人生を生きることではありません。
自分がどう生きたいのかを考え、その意思で選択できるようになることなのです。
母親との関係を振り返ると、感謝だけではなく、怒りや悲しさが出てくる人もいるでしょう。
もっと話を聞いてほしかった。自分のことを見てほしかった。母親には、もっと幸せそうに生きてほしかった。
そんな気持ちが残っていても不思議ではありません。
家系の脚本を理解することは、母親の行動をすべて許すことでも、過去をなかったことにすることでもありません。
家族にはそれぞれ事情があります。しかし、事情があることと、その行動によって傷ついたことは別です。
母親の人生を理解しようとする気持ちと、自分の人生を大切にすることは両立できます。
また、家族の中に暴力や支配があった場合には、関係を改善しようと無理に近づく必要はありません。まず自分の安全と生活を守ることが大切です。
母親との距離をどうするのかも、自分で決めてよいことなのです。
子どもの頃から見てきた親の価値観や家族の中での役割が、大人になってからの反応や選択に影響している場合があります。ただし、親と似る理由は一つではなく、育った環境や個人の特性、現在の状況なども関係します。
世代間連鎖とは、親世代に見られた行動や価値観、関係のパターンなどが、子ども世代にも現れることを指して使われる言葉です。ただし、似ているからといって同じ原因があるとは限りません。
影響を受けている場合はあります。例えば、「母のようになりたくない」という思いが人生の選択を大きく左右しているなら、その判断には母親の生き方が関わっている可能性があります。ただし、反対の選択が必ず不自由な選択というわけではありません。
家系を振り返ることで、自分の価値観や家族の中で担ってきた役割に気づく手がかりになることがあります。ただし、それだけですべての問題が解決するとは限りません。現在の関係や自分の気持ちを整理することも大切です。
子どもの頃、母親の姿を見ながら「私はあんなふうにはならない」と思っていた。
その気持ちには、母親のように苦労したくないという思いだけではなく、もっと自由に生きたい、自分の気持ちを大切にしたいという願いもあったのかもしれません。
ところが、大人になって振り返ると、母親と似たことをしている自分がいる。
そんな自分に気づいたとしても、これから先まで同じ人生になると決まったわけではありません。
母親には母親の人生があり、自分には自分の人生があります。
家族から受け継いだものには、これからも大切にしたいものもあれば、もう自分には必要のないものもあるでしょう。
その一つひとつを見直すことができます。
母親と同じ人生を生きなければならないわけでも、母親と反対の人生を選ばなければならないわけでもありません。
大切なのは、母親を基準にするのではなく、自分がどう生きたいのかを考えることです。
家系心理学で家族の脚本を見る目的も、過去の誰かを責めたり、未来を決めつけたりすることではありません。
これまで当たり前だと思っていた生き方に気づき、そこから違う選択をできるようになるためです。
もし今、「私も母親と同じ人生を歩んでいるのかもしれない」と感じているなら、一度こう問いかけてみてください。
「母親と同じか、違うかを考えなかったとしたら、私は本当はどんな人生を生きたいのだろう」
その問いに、すぐ答えが出なくても構いません。
これまで長い間、誰かのために生きてきた人ほど、自分の望みが分かるまで時間がかかることもあります。
ただ、母親と同じ過去を見て育ったとしても、同じ未来を生きる必要はありません。
自分の人生の続きを、これから選び直すことができるのです。
人間関係、夫婦関係、親子関係、仕事。
「今度こそ変わろう」と思っているのに、なぜか同じような問題を繰り返してしまう。
そこには、今の自分だけを見ていても気づきにくい、家族や家系の中で身につけた無意識のパターンが関係しているかもしれません。
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